【後編】THE SPIRIT OF NOZAWA, CONTINUALLY REBORN.野沢温泉で受け継がれてきたものを、新しい形で次の世代へ。
前回の記事では、ブランドディレクター八尾良太郎が野沢温泉で受け取ってきたものと、それらを新しい形で次の世代へつなぐために、蒸留所が生まれた背景をたどりました。
しかし、蒸留所をつくり、ウイスキーを完成させることはゴールではありません。
大切なのは、その一杯が村の暮らしや仕事、人と人とのつながりの中で、どのような新しい循環を生み出していくのか。
後編では、野沢温泉の「当たり前」に新たな価値を見いだし、村と世界の未来をつなごうとする挑戦を追います。
「冬だけ」ではなく、村の一年に溶け込む酒へ

蒸留所をつくった意味は、製品をただ売ることだけではありませんでした。
野沢温泉を訪れた人が、冬だけでなく春も夏も秋も、村の飲食店で地元のジンやウイスキーを楽しめる。
東京やニューヨークのバーで、偶然「NOZAWA ONSEN」と書かれた一本に出会う。
「この酒は、どんな場所から来たんだろう」と興味を持ち、いつかその人が野沢温泉を訪れる。
蒸留所を訪れた人が、今度は村の飲食店へ行く。
そうやって、村の中で人と経済が巡っていく。
「僕たちのウイスキーやジンが、村のいろいろな飲食店で一年を通して飲めるようになってほしいんです。蒸留所だけが成功するのではなく、村内の飲食店や宿、農業など、いろいろな人たちと一緒に野沢温泉の価値をつくっていく。それも僕たちが考える“循環”の一つです」
冬のスキー客だけに向けた酒ではない。
四季を通じて野沢温泉を楽しむための、新しい入口をつくる。
ウイスキーはその役割も担おうとしています。
野沢温泉の「当たり前」に、魔法をかける

村では当たり前に流れる水。その「当たり前」の価値を、世界へ届ける。
美味しい湧き水に最初の“魔法”をかけたのがジン。
そして、「時間」と「熟成」という、もう一つの“魔法”を加えたのがウイスキー。
その根底にあるのが、この村の湧き水です。
「村の人にとって、この湧き水は当たり前なんです。でも、もともと外から来た僕だからこそ、その価値に気づけた部分もあると思います」
八尾は、蒸留所の役割を「魔法をかけること」と表現します。
「野沢温泉に昔からある美味しい水に、最初の魔法をかけたのがジン。そこに『時間』と『熟成』という、もう一つの魔法をかけたのがウイスキー」
水をつくったのは、蒸留所ではありません。
雪も、山も、村の文化も同じです。
何世代にもわたって守られてきたものを受け取り、現代の技術やクリエイティビティを加え、新しい形で次へ渡していく。
それこそが、「THE SPIRIT OF NOZAWA, CONTINUALLY REBORN.」なのです。
世界で評価されたのは、酒だけではなかった

野沢温泉からフランス・ナントへ。
野沢温泉蒸留所の製品は海外でも販売を開始しています。
野沢温泉蒸留所のスピリッツは、今ではニューヨークをはじめ北米や台湾でも販売されるようになりました。
また、小布施・北斎館とのコラボレーションから生まれた「OBUSE GIN」は、フランス・ナントで開催された北斎館の展覧会でも紹介されました。
ニューヨークのバーにも「NOZAWA ONSEN」の名前が少しずつ広がっている。
2025年には、ニューヨークで開催されたbreakfastclubtokyoのpopupにも参加しました。
https://www.instagram.com/p/DMP8GHSS5iu/?hl=ja&img_index=1
ブランドデザインは、Red Dot Award: Brands & Communication Designで最高位「Best of the Best」を受賞

CANARIAの天野さん、デイビッド、CANARIA徳田さん、平野さん。 残念ながら八尾は参加できなかった授賞式。 次はウイスキーで受賞!がクリエイティブチームの合言葉。
野沢温泉蒸留所が最初に世界へ送り出したジンは、国際的な品評会でも高い評価を受けました。
そして、世界で評価されたのは中身だけではありませんでした。
野沢温泉蒸留所のブランドデザインは、世界的なデザイン賞「Red Dot Award: Brands & Communication Design」で最高位の「Best of the Best」を受賞。
そのクリエイティブを共につくったのが、大切なクリエイティブパートナーのCANARIAです。
CANARIAを率いる徳田祐司さんとは、日本コカ・コーラ時代からいくつもの仕事をともにしてきました。
かつて日本の水ブランド「い・ろ・は・す」の仕事を立ち上げた仲間と、何年もの時を経て、今度は野沢温泉の水を起点としたブランドを一緒に最初から創る。
そこにもまた、人と人との循環があります。
「僕は、クリエイティブって一人でつくるものではないと思っています。前職の日本コカ・コーラ時代に一緒に仕事をした人と、何年も経って、今度は野沢温泉でまた一緒にブランドをつくっている。スキーもそうですし、祭りもそうです。結局、僕がやってきたことは全部、人とのつながりから生まれているんですよね」
世界的な選手を育ててきたスキー文化。
世界で評価されたスピリッツ。
世界最高峰のデザイン賞で評価されたブランド。
分野は違っても、その背景には、一人のスターだけではなく、人から人へ技術や知恵を渡しながら、互いをリスペクトしながら、一緒に何かをつくる文化があります。
世界からの評価より、嬉しかったこと

世界からの評価と、村からの評価。 その両方があって初めて「野沢温泉」を名乗る意味がある。
野沢温泉蒸留所は、野沢温泉村から「産業栄誉章」も授与されました。
世界的な賞を受賞すること。
もちろん、それは嬉しい。
しかし、八尾にはもう一つ大切にしている光景があります。
村の人が、野沢温泉蒸留所のジンを手土産やギフトとして買っていく姿です。
「世界で賞を獲ったことや、海外で販売され始めていることは、もちろんすごく嬉しかったです。でも、村の人が誰かに会いに行く時に、うちのジンを『野沢温泉のお土産』として持っていってくれるのを見ると、また別の嬉しさがあるんです。それって、野沢温泉蒸留所を少しずつ『自分たちの村のもの』と思ってもらえているということじゃないですか」
世界から評価されることと、村の人から愛されること。
その両方が成立して初めて、「野沢温泉」という名前を冠する意味がある。
「世界一になりたい。でも、世界で評価されるために野沢温泉らしさを薄めるのでは意味がない。むしろ、野沢温泉らしさを突き詰めた結果として、世界から評価されるものをつくりたいんです」
村の25歳が原酒を樽に詰め、42歳で再び集まる

道祖神祭りを担う25歳の若者たち。祭りの翌日、25歳の彼らの時間をひとつのウイスキー樽に託す。
300年以上受け継がれてきた道祖神祭り。 その時間の先に、新しいウイスキーの物語が始まる。
25歳で詰めた原酒は、次の大きな厄年となる42歳まで17年間眠り続ける。
そして、野沢温泉村の村民と蒸留所だからこそできる、特別な取り組みも始まっています。
道祖神祭りで大役を終えた25歳の若者たちが、その翌日に蒸留所へ集まり、一本の樽に原酒を詰める。
その樽は、すぐには開けません。
次の大きな厄年を迎える42歳まで、17年間熟成させます。
そして17年後、同じ仲間たちが再び集まり、その樽を開ける。
これは通常の製品づくりではありません。
村の人たちと蒸留所が一緒につくる、この村ならではの特別な取り組みです。
「これこそ、野沢温泉のウイスキーだからできることだと思いました。25歳だった人たちは、42歳になっている。結婚しているかもしれない。子どもがいるかもしれない。村を離れている人もいるかもしれない。でも樽は、この村でずっと彼らを待っているんです」
ウイスキーが熟成する17年間に、人も成長し、村も変化する。
しかし、もう一度集まる理由がそこに残っている。
「ウイスキーは、時間を保存できるものなのかもしれません。17年後、樽を開けた瞬間に、25歳だった時の記憶も一緒に開く。そんなものを村に残していけたら、すごく面白いと思っています」
世界へ届ける前に、まず、この村へ

村民へのお披露目会 2026年11月の正式リリースを前に、9月末には野沢温泉村の村民を対象とした「Village Release」イベントを開催しました。
世界へ売り出す前に、まず村の人たちに飲んでもらう。
「これは僕たちにとって、とても大切な順番なんです。僕たちは野沢温泉から世界的な製品をつくりたくて、野沢温泉蒸留所という名前にしました。でも、野沢温泉という名前を借りて世界へ売るのではなく、村の人たちに『自分たちのウイスキーだ』と思ってもらえるものにしたい」
先日行われた試飲では、祭りを一緒に担ってきた仲間、スキークラブのメンバー、師匠と弟子、前村長と現村長など、異なる世代や立場の人たちが同じテーブルを囲みました。

現村長(左)と前村長(右)がウイスキーを飲みながら語りあう

野沢温泉スキークラブのメンバー
八尾の同級生で、祭りを一緒に担ってきた「友生会」の仲間たち
「みんながグラスを持って話している光景を見ていて、『これだな』と思ったんです。師匠と弟子もいる。前村長と現村長もいる。世代も立場も違う。でもウイスキーを囲むと、自然に会話が始まる。まさに僕たちが考えてきた“Whisky Connects Generations”そのものだと思いました」
小学生の頃に出会った師匠・古川年正さん(左)と、かつての教え子八尾(右)。 何十年もの時を経て、今度は同じ村でウイスキーを囲む。
小学生の頃に出会った師匠と、かつての教え子。
何十年という時間を経て、今度は同じ村で、一杯のウイスキーを囲む。
ウイスキーは、人と人の間に流れる時間までつないでいきます。
一杯のウイスキーから、野沢温泉へ

2026年、野沢温泉蒸留所初のシングルモルトが誕生する。

野沢温泉村の名水、六軒清水。雪が解け、村に春が訪れると湧水の周りに綺麗な桜が咲く。

水と緑に包まれる夏。野沢温泉の魅力は、冬だけではない。
季節が巡り、人が集まり、文化が次へ渡っていく。
八尾が最終的に目指しているのは、ウイスキーそのものの成功だけではありません。
世界のどこかで誰かが一本のウイスキーに出会い、ラベルに書かれた「NOZAWAONSEN」という名前を知る。検索してみる。そしていつか、実際にこの村を訪れる。
「ナパ・バレーやボルドーと聞けばワインを思い浮かべるように、いつかNOZAWA ONSENと聞いたら、スキーや温泉だけではなく、ウイスキーやジンまで思い浮かべてもらえるようになったら面白いですよね」
そして、できれば冬だけではなく、違う季節にも来てほしい。
雪に覆われた冬。
雪解け水が山を流れる春。
山の緑が深くなる夏。
祭りが村をつなぐ秋。
村の飲食店へ入り、地元の料理と一緒に野沢温泉で造られた一杯を飲む。
翌日は蒸留所へ行き、水や酒づくりの背景を知る。
「世界にウイスキーを売ることがゴールではない。ウイスキーをきっかけに野沢温泉を知って、好きになってくれる人を世界中に増やしたい。そして実際にここへ来て、美味しい湧き水を飲んで、温泉に入って、村の店で食事をして、村の人と話してほしい。そうすると、このウイスキーの味も少し違って感じると思うんです」
THE SPIRIT OF NOZAWA, CONTINUALLY REBORN.

雪や雨を蓄えるブナ林
50年の歳月をかけて湧水や温泉となる
人と人とのつながり
祭りを通じて継承していく伝統文化

小さな子どもたちが将来を担う存在に
受け継がれてきた伝統を未来へつなぐ

ウイスキーは、時間を保存できるものなのかもしれない
野沢温泉で受け継がれてきたものを、新しい形で次の世代へ。
それは、古いものをそのまま保存するということではありません。
時代に合わせて新しい意味や役割を与えながら、次へ渡していくこと。
雪や雨が水になり、
湧き水がウイスキーになり、
若者が大人になり、
教わった子どもが、いつか教える側になる。
一緒に仕事をした仲間と、何年後かにまた新しいものをつくる。
観光客として訪れた誰かが、この村を好きになり、いつか暮らす人になるかもしれない。
そこで仕事をし、家族を持ち、その子どもが、いつか祭りやスキー文化を受け継ぐ人になるかもしれない。
自然も、人も、文化も、仕事も。
一つひとつがつながりながら、村は次の世代へ続いていきます。
17年後。
25歳で特別な樽を詰めた村の若者たちは、42歳になります。
今の子どもたちは、誰かにスキーを教えたり、祭りを担ったりしているかもしれません。
今日の雪や雨は山を巡り、誰かが飲む水になっているかもしれない。
そして、あの日詰めたウイスキーも、この村で17年という時間を重ねています。
その時も野沢温泉が、誰かにとって「帰ってきたい」と思える村であり続けていること。
そして、次の世代がまた、この村の新しい物語をつくっていること。私たちが世界へ届けたいのは、ウイスキーだけではありません。
その一杯の向こう側にある、野沢温泉という村そのものです。
THE SPIRIT OF NOZAWA.